マーク・ピーターセンの『日本人の英語』を読んでいます。
パート20のうちの5を読了しました。
5の主な内容は、英語の「数の意識」についてです。
以前の記事で、不定冠詞のaはいくつかある同じようなもののうちの1つの感覚、定冠詞のtheはただ1つの感覚、ということを書きました。
具体的にいえば、「木」は同じようなものがこの世に無数にあり、基本的には、1本失われても他の木で代用することが可能です。
a treeのaにはそのような意識があります。
一方、「月」はこの世に1つしかなく、代わりのものがありません。
だからmoonには、基本的に、ただ1つの感覚があるtheが伴い、the moonと表されます。
ひと言でまとめると、木の感覚のa、月の感覚のtheです。
本書のパート4を読んで、この2つの感覚を意識することの重要性をあらためて感じました。
また、その2つの感覚に注意しなければ、日本人が英語でコミュニケーションする際に大きな誤解を生みかねないと思いました。
This actually happened to a Chicago woman, a friend of my mother.
(マーク・ピーターセン『日本人の英語』(岩波新書)P43)
これは本文に掲載されている短い英文の中の冒頭ですが、「これは, 私の母の友達で, シカゴに住んでいる女性に実際にあったことだ.」と訳されているものです。
注目すべきは、ここでの冠詞の使い方です。
a friend of my motherは、上記の「木の感覚」に基づいて解釈すれば、「私の母の何人かいる友達の内のひとり」と、理解することができます。
そんなこといちいち考えなくてわかるわ、と思うかもしれませんが、「数の意識」が英語ほど強くない日本語を母語とする日本人が注意すべきポイントです。
というのも、もしa friend of my motherが、the friend of my motherあるいはmy mother's friendになると、母には友達がひとりしかおらず、そのただひとりの友達を表すというのです。
日本語では母に友達が何人いようが、多くの場合、「私の母の友達」で済ませるので、英語でもmy mothers's friendとする可能性の高いところです。
my mother's friendはともかく、a friend of my motherとthe friend of my motherの違いは、
この記事の冒頭で述べた、
不定冠詞のaはいくつかある同じようなもののうちの1つの感覚、定冠詞のtheはただ1つの感覚
ということを理解しておけば、比較的素直に受け入れられると思います。
英語の「数の意識」の恐ろしさを感じたパート4でした。
『日本人の英語』、英語の本質的なところが解説されており、目からうろこの一冊です。興味があればご一読ください。
つまみ読みの面白い文法書
著者のマーク・ピーターセン氏は、『表現のための実践ロイヤル英文法』という文法書にも共著者の一人として参加しています。
つまみ読みの面白い文法書です。
近年ノーベル賞候補としてメディアでたびたび名の挙がる小説家の村上春樹さんが、一時期設置された「村上さんのところ」という特設サイトで、推薦された過去もあります。
孫引きになりますが、こちらのサイトから引用します。「村上さんのところ」は読者の質問に村上春樹さんが回答するというもの。
★質問 仮定法現在と仮定法過去の使い分けができません。英語話者の人たちはどうやって区別しているのでしょうか? (コマさん、男性、16歳、学生)
★回答 仮定法の原理についてここで説明するわけにはいきません。申し訳ありませんが、ちょっと暇がないんです。『表現のための実践ロイヤル英文法』(綿貫陽、マーク・ピーターセン著・旺文社)は優れた本です(無人島に持っていってもいいくらいです)。これを読むと仮定法の細かいニュアンスが理解できると思いますよ。読んで理解してください。仮定法はとても大事です。しっかりマスターしてくださいね。村上春樹拝