引き続き、E・H・カーの『危機の二十年―理想と現実』(岩波文庫)を読み進める。
今回は、P85~90を読了。
国際連盟設立当初は、国際政治上の問題を解決する力としての世論が過大に評価されていた。
その前提にあったのが、世論は常に正しく、必ず勝利する、というものだった。
こうした世論に関する幻想を打ち砕くきっかけとなるのが、日本である。
一九三一年九月一〇日セシル卿は、国際連盟総会でこう発言した。「今日ほど戦争が起こりそうにもない時代は、世界史のどこをみてもなかった」。しかし一九三一年九月一八日、日本は満州で軍事行動を開始した。その翌月、それまで自由貿易の原則を守り続けてきた最後の重要国家〔イギリス〕が一般関税導入への第一歩を印したのである。
(中略)
満州の危機は、タフトや彼に続く多くの人びとによって呼び起された「国際世論の非難」があまり頼りにならないものであることをみせつけた。
(『危機の二十年―理想と現実』(岩波文庫)P86より (中略)は当ブログによる省略)
満州の危機以降も、アメリカの政治家たちは世論に信を置いた言葉を表明するが、世界では世論に対する信仰は崩れつつあった。
それから間もなくのことだが、連盟の「具体的」制裁という武器はそれほど重要ではないと以前力説していた知識人グループが、国際秩序構築に必要な土台としての経済・軍事的制裁を声高に主張し始めたのである。
(同書P87より)
非現実的な前提に立って聞こえの良い夢を語る人々が、その前提の非現実性が現実によって暴かれるとあっさり変節する、というのは今の時代でもよくあることだ。
ほんまかいなと思われるような美しい夢物語を語る人には注意をしよう。
梯子を外される恐れがある。
処世術も学び取れる『危機の二十年―理想と現実』は、国際政治学の枠を超えた古典的名著だ。