国際政治学の発想って、ちょっと怖いです。
平和教育を受けてきた日本人にとっては、「マジか」みたいな考え方が多いです。でも、その「マジか」の考え方でいった方が、平和な世界が実現できる、というのだから、余計に怖い。
歴史を振り返ると、平和主義の日本人が「マジか」と思うような考え方より、「やっぱりそうだよね」とニコニコするような考え方でいった場合に、大惨事が起きています。
今日は、国際政治学の考え方を身に付け、国際情勢に関するニュースを深く理解したり、分析したりできるようになるための本を紹介します。
何冊かじっくり読み、咀嚼し、毎日のニュースを追っていけば、国際情勢に関して、自分なりの予測も立てられるようになります。
1.『危機の二十年 理想と現実』byE. H. カー
第二次世界大戦の直前に執筆されたものですが、今でも国際政治学における必読の書として広く読まれている一冊。国際政治学分野の本でよく引用され、本の最後に参考図書として並んでいることが非常に多いです。
読んでいて思うのは、一流とそれ以外を分けるのは、物事の「本質を見抜く目」なのではないかということ。名著と呼ばれるものは、人間や現象の本質や核心部分が丁寧に記述されていることが、多いです。本書も、例外ではありません。
「健康を増進したいという目的が医学を生む。橋を建設したいという目的が工学を生む。政治体の疲弊を治したいという欲求が、政治学に弾みと刺激を与えたのである。意識しようとしまいと、目的は思考の先行条件である。思考のための思考は、蓄財のための蓄財をする守銭奴と同様、異常であり実りないものである。「願望は思考の父である」という言葉は、人間の真っ当な思考の始まりを完全にいい当てている。」
(本書(文庫版)のP25〜26より)
「政治における理論と現実の対立は、具体的には「知識人」と「官僚」の対立として現れる。前者は主として先験的にものを考えるよう訓練されており、後者は主として経験的にものを考えるよう教育を受けている。本質的には、知識人は現実を理論に合わせようとする陣営に属する。というのは、知識人からすれば、自分たちの思考が自分たちの埒外(らちがい)にある諸力によって制約されることは、とりわけ面白くないのである。」
(同書のP45~46より)
2.『日本近代史』by坂野潤治
ちくま新書の中ではかなり大部なもので、約450ページ。かなり分厚め。
純粋な国際政治学の本ではないですが、国際政治を考えるのに各国の歴史を知ることは不可欠なので、紹介します。
中身は、1857年から1937年までの80年間の日本近代史。この期間は、日本にとって、文字通り、激動の時代です。明治維新で江戸幕府が終焉し、大きな国内改革が続きました。西南戦争という内戦が起きました。日清戦争、日露戦争がありました。その後、韓国併合があり、満州事変、盧溝橋事件が発生し、そして日本は泥沼の日中戦争へと突き進んでいきます。
時代が時代なので、読み物としても非常に面白く、そして勉強になります。
「このような観点からすれば、日本陸軍が政府を動かして一九一〇年に韓国を正式な植民地とした理由も明らかになる。ただ単に韓国を日本の属国にするためだけならば、日清・日露両戦争での勝利で十分なはずであった。もはや清国もロシアも、日本の朝鮮半島の支配に介入する力も意思も持っていなかったからである。二〇世紀の初頭にもなって時代遅れの植民地領有帝国になる合理的な理由は見つけにくいのである。しかるに日本陸軍の目標が朝鮮半島から陸続きの南満州にあるならば、韓国を完全な植民地にすることは、彼らにとっては必要であった。」
(本書(新書版)のP287より)
3.『現代中国の父 鄧小平』byエズラ・F・ヴォーゲル
本書も伝記、歴史書の部類ですが、今後の国際政治を考える上で必ず役立つと思うので、ここで紹介。
今の世界秩序が、欧米中心によって作られてきたこともあり、国際政治学はとかく欧米中心思考になりがちです。
しかし、今やアジアの視点抜きには、世界秩序は語れなくなってきました。
特に、中国。
本書は、かつて日本でベストセラーとなった『ジャパンアズナンバーワン―アメリカへの教訓』の著者で知られるエズラ・ヴォーゲル氏の大作。
鄧小平は、貧乏だった中国を改革開放政策によって経済成長の軌道に乗せた、タイトルにもあるように、まさに「現代中国の父」です。
鄧小平の人生を、その出生から、膨大な記録をもとに、追っていくことで、どのようにして今の中国が出来上がっていったのか、ということが浮かび上がってきます。
大部で、上下2巻あり、値が張りますが、そのへんの中国に関する新書を何冊も読むより、この2冊を熟読した方がはるかに得るものが多いと思います。
大作、労作、名著で、すぐに赤線だらけに。
「鄧の考えでは、中国社会はあまりに大きく、人々はあまりに多様で貧しく、相互の敵意も大きく、そして誰もが受け入れる共通の行動規範がほとんどなかった。そうである以上、上から課す一定の権威が必要だった。中国社会は一九四九年以前や文化大革命期のような大混乱に陥ることなしに、どこまで自由の境界を拡大していくことができるのだろうか。この問題は鄧小平時代を通して一貫して、最も中核的で、最も意見対立の激しい問題であった。」
(本書(上巻)のP378より)
4.『国際秩序-18世紀ヨーロッパから21世紀アジアへ』by細谷雄一
国際秩序 - 18世紀ヨーロッパから21世紀アジアへ (中公新書)
- 作者: 細谷雄一
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2012/11/22
- メディア: 新書
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歴史を振り返り、どの時代に、どういった条件が揃った場合に、平和が維持されたのか、そして逆に、どの時代に、どういう条件が欠如した場合に、戦争が起こったのかを分析した本です。その分析に基づき、最後に今の日本が向かうべき方向が示されています。
国際政治学という学問を体系的に学ぶ本ではないですが、国際政治学的な発想は十分身に付けられます。初めて国際政治学本に触れる方にとっては、目からウロコが落ちるかもしれません。
「かつてドイツ宰相ビスマルクは、「世界のあらゆる国家がお互いを礼節をもって交わっている」というのは、虚構であると喝破した。そして、「現実には強国の政府が弱小国を圧迫している」と述べた。力がなければ、平和や安全を確保することはできない。力を否定することは、必ずしも人々を平和な世界に導いてはくれないのだ。それは、哲学者パスカルの言葉を借りれば、「悪いやつがいつもいる」からであった。」
(本書のP219〜P220より)
5.『国際政治史』by岡義武
国際政治史の名著です。かつて、外交官を目指す人にとっての必読書であったそうな。
絶版になっていましたが、本文が読みやすい今風の表記に改められて復刊しました。
読んで思ったのが、文章に無駄がなく、内容の密度が濃いということ。注釈も非常に詳しく、コストパフォーマンスが高い本だと思います。
名著と言われるには、それだけの理由があるんですね。再び絶版になる前に手元に残しておきたい本。後で紹介するジョセフ・ナイ氏の『国際紛争 理論と歴史』とセットで読みたいですね。
「極東の事態は、その後やがて重大化することになった。すなわち、ロシアが一九〇〇年における義和団の騒擾を機会に満州を軍事占領下に置くにいたったことは、それを契機として日本とイギリスとの間に同盟を締結させることになった。(一九〇二年[ 明治三十五年])この日英同盟は、これを日本の側からみれば、ロシア帝国主義が満州を拠点として韓国に対するその勢力を強化するにいたるのを阻止することに、主目的があったのである。」
(本書のP125〜126より)
この後、イギリス側からみた日英同盟が語られます。
6.『国際政治学をつかむ』by村田晃嗣、君塚直隆、石川卓ほか
国際政治学の教科書ですね。
国際政治学において登場する様々な理論や概念がコンパクトにまとめられています。国際政治学を学ぶ大学生とかではない限り、本屋さんで本書が置かれているコーナーに行くことはまずないと思います。
でも、国際政治学界隈にいる人の中では、かなり評判の良い本です。(プロ志向であろうと、趣味であろうと)国際政治学の世界に足を踏み入れようと考えている方は、辞書がわりに持っておくとずいぶん役に立つでしょう。
辞書といってもそれほど分厚くなく、ハンドブックという言葉がぴったりで、つまみ読みが面白いテキストでもあります。
本書も、岡義武氏の『国際政治史』とともに、後で紹介するジョセフ・ナイ氏の『国際紛争 理論と歴史』を読む際に、手元に置いておきたいところ。
7.『国際紛争 理論と歴史』byジョセフ・S・ナイほか
- 作者: ジョセフ・S.ナイジュニア,デイヴィッド・A.ウェルチ,田中明彦,村田晃嗣
- 出版社/メーカー: 有斐閣
- 発売日: 2013/04/20
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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大学生の時にテキストとして買わされた(と当時は思った)もの。
著書は、世界的に最も名の知れた国際政治学者の一人、ジョセフ・ナイ氏。
訳者の一人は、テレビ番組の『たかじんのそこまで言って委員会』にもよく出演されていた国際政治学者の村田晃嗣氏です。
ハーヴァード大学の講義のために執筆されたもので、国際政治学を学ぶ人にとっては必読書の一冊。ただし、入門書と思って読むと、ちょっと難しい。
冒頭にも書かれていますが(上に貼ったものは9版ですが、僕のものは7版)、この本は、国際政治学で登場する理論や概念を丁寧に解説していく類のものではなく、理論や歴史を使ってどのようにして国際政治を考えていけばよいか、そのアプローチの仕方の一つを見本として示したものです。
先に紹介した岡義武氏の『国際政治史』と、テキスト『国際政治学をつかむ』である程度基礎知識を得ておくと、スムーズに読み進めることができます。
一流の国際政治学者は、歴史や理論をどのように使い、問題に対してどのように思考するのだろう?
そう思ったら読んでみるべし。
「まず、検討している事件に対する時間的近接性をもとに、その原因を3つに分類することができる。最も遠いものが深層原因、次に来るのが中間原因、そして事件の直前に作用するものを直接原因と呼ぶことにしよう。たとえで言えば、部屋の明かりがどうしてつくかを考えてほしい。直接原因は(・・・)」
(本書(第7版)のP101より)
8.『そうだったのか!現代史』by池上彰
国際政治はまず歴史あってのものなので、歴史知識を前提として語られることが多いです。そのため、歴史知識の欠如があると、何の話をしているのか理解できません。
本書は、世界の現代史における重大事件がピックアップされ、解説されます。具体的には、湾岸戦争、冷戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、キューバ危機、ソ連の崩壊、文化大革命、天安門事件などなど・・・。このあたりのことを知っておけば、今の国際情勢について語る専門家の言葉が、理解しやすくなります。
「四月二九日には、サイゴンのタンソニュット国際空港も、砲撃によって使用不能になりました。このとき、サイゴン市内に、アメリカ軍のラジオ放送から、季節はずれの『ホワイト・クリスマス』の音楽が流れました。「脱出しろ」という合図でした。」
(本書(文庫版)のP244〜255(ベトナム戦争の章)より)
ただし、今最も重要な地域のひとつ、中東に関しては別の書物で補強する必要があります。もし選択に迷うなら、イスラム世界の研究者、池内恵氏の『【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』 をおすすめします。
おまけ:『実録・北の三叉路』by安宿緑
おかたい政治本はいや〜ん、という人向けの本。
評論家の高い神の視点で観た北朝鮮ではなく、草の根から等身大の北朝鮮のリアルを描き出した数少ない貴重な本。北朝鮮がまだある内にどうぞ。
「北朝鮮にもゲイはいるのか?という問題については、長年マニアックな議論がなされてきた。同性愛者はどの民族にも一定数いるのだから北にもいて然るべきであるが、その全容はわずかなゲイ脱北者の証言から窺い知る以外になかった。」
(本書(単行本版)のP129より)
今日は、国際政治学本の紹介でした。
読んで国際情勢が理解できるようになれば、ますます勉強が楽しくなりますよ!