西晋の司馬炎が天下統一の他に中国の女性に残した偉大な功績

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今日头条(中国)というアプリの史小纪というチャンネルで西晋の初代皇帝、司馬炎(武帝)について解説した動画を見ました。

 

司馬炎は、三国時代の魏、呉、蜀の内の魏に仕えた司馬懿(しばい)の孫です。

彼はその魏の元帝から禅譲のかたちで、帝位を奪い、西晋を建国しています。

280年には、江南を拠点とする呉を滅ぼし、天下統一を果たしています。

そういう意味では大人物ですが、晩年は自堕落な生活で、皇族同士の内乱である八王の乱を引き起こす原因を作っています。

動画では、西晋という国を一文字で表すなら、「乱」という一字ほど適したものはないといいます。

天下統一によって、後漢末期の黄巾の乱に始まる乱世の時代を終結させた西晋が、「乱」のレッテルを貼られるのは皮肉です。

しかし、そんな国の主である司馬炎にも、中国の女性が長きにわたり恩恵を受ける功績を残したといいます。

それは、中国の婦女を連座(れんざ)の恐怖から救い出したというものです。

連座というのは、一種の連帯責任制です。

例えば、実家の人が謀反などの大罪を犯した場合、すでに嫁いだ女性も罪に問われ、斬首の刑に処されて見せしめにされるというものです。

中国の歴史ドラマでも、「連座」という言葉を聞いただけで、血の気が引き、挙動不審になる女性の姿がよく描かれます。

そんな理不尽な制度(と、現代の日本人の目には映る)を改革したのが、司馬炎です。

彼は267年に泰始律令と呼ばれる、今でいう法律を成立させます。

これにより、族譜(一族の系譜)上の息子ではない者、離縁した妻、すでに嫁いだ女子は、連座に処さないということになりました。

皇帝も人なので、悪人も善人もいますが、名君とはいえない司馬炎もかつて歴史を動かしたのです、と動画は締めくくっています。

ちなみに、動画のはじめでは、晩年の司馬炎を「骄奢淫逸」という成語で形容しています。

これは、傲慢(ごうまん)、奢侈(しゃし)、淫蕩(いんとう)、逸楽(いつらく)を意味し、生活が腐敗している様を言い表すものです。

歴史作家の陳瞬臣の『小説 十八史略(四)』でも次のように描かれています。

晋の武帝司馬炎の後宮は、美女の数がついに一万を超えた。その一人一人の顔などおぼえられるわけはない。

「今夜はどの女のところに泊まるかな?」

あまりにも数が多すぎて、武帝はそんなことに悩まねばならなかった。

彼はこの問題を、いかにも無精者らしく解決した。後宮の中を(・・・)

(陳瞬臣『小説 十八史略(四)』(講談社文庫)P320)

ワクワクしながら中国史を学べる作品なので、興味のある方は読んでみてください。

以上、今日は司馬炎の紹介でした。

 

参考:今日头条「史小纪【淫逸成性的晋武帝司马炎,做过一件事,让古代女性受益千年】」