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中国人が語る日本の歴史の流れ〜江戸から明治維新まで〜

日本の歴史

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今日は、中国で有名な歴史教師、袁腾飞(yuán téng fēi)さんの動画で中国語の勉強も兼ねて、日本の歴史を学びました。

すごく偏ってるんじゃないの、と思われるかもしれませんが、割りと普通です。

むしろ、「日本のすごいところは〜」といった感じで、日本を持ち上げている箇所がいくつかありました(例えば、明治維新の頃、日本の識字率が50%を超えていた点など。当時の中国では20%未満だった)。

内容を箇条書きしてみます。

主なポイント7つ

・日本の天皇は、初代神武天皇(じんむてんのう)以来、125代続き、途切れたことがない。太陽神である天照大神(あまてらすおおみかみ)の孫、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が下界に降りてきて、初代神武天皇として即位した。

 ※筆者注:実際には、確実に実在したとされるのは、第26代継体(けいたい)天皇からで、それ以前の天皇については実在につき諸説があります。特に初代神武天皇については、神話であるとするのが一般的です。

・皇統が途切れなかった理由は、天皇の役割にあった。日本では、天皇は、人を治めず、天を治める存在、つまり宗教的存在として、主に祭事に携わっていた。そして、実際に人を治めていたのは、武士だった。

・1603年、現在の東京に、徳川家康が幕府を開く。トップに将軍を置き、全国の大名(だいみょう)に土地を分け与えた。大名はさらに、その部下(家老)に土地を分け与える。下級武士には、土地は分配されず、俸禄(ほうろく)が与えられる。

 ※筆者注:今で言えば、将軍が首相で、大名が都道府県知事で、その部下(家老)が地方自治体の事務方トップ、俸禄(ほうろく)はお給料、といったイメージでしょうか。

徳川幕府末期になると、各階層において幕府に対する不満が噴出し始める。特に、欧米列強の圧力に屈し、開国したことなどが不満の原因となった。「幕府を倒し、新たな国家を建設する」という運動が始まり、これが明治維新につながっていく。

・結果、西郷隆盛をリーダーとする薩摩藩と、長州藩が力を合わせ、幕府を倒す。明治国家の成立。以降、それまでいくつかの特権が認められていた、下級武士たちが没落していく。

・具体的には、江戸時代以来の士農工商という身分制度が廃止され、四民平等が実現。それまで、武士の特権とされていた「姓の保持」が庶民にも認められた(山田太郎の「山田」など)。また、国民皆兵制となり、「戦う」ことが武士の特権ではなくなった。職にあぶれた下級武士たちは、人力車を引いたりして生計を立てた(今でいうタクシー運転手)。

・そして当時の最も大きな改革の一つとして、各藩の支配下にあった「土地と人」の中央政府への返還があった。

藩はなぜ権力を手放したか

藩が権力を失う、このような大改革がなぜうまくいったかというと、各藩は幕末にはすでに借金まみれで、破綻状態だったということがあります。権力も責任も中央に返しちゃえば、重荷が取れていいじゃないかと。

なぜ中央集権化の必要があったのか

逆になぜ中央に権力を集める必要があったかですが、これはやはり欧米列強の存在があります。強国に屈しないためには、国内の力を中央にまとめ、強くなくてはならない。

こうした外圧の強まりを契機に中央集権化が進むということは、古代、飛鳥時代にもありました。明治国家建設時はドイツを手本としましたが、飛鳥時代においては当時の大国、唐を手本としました。

これから日本はどうなるか

今、地方分権化の必要が説かれる日本ですが、歴史を振り返ると、その逆、つまり中央に権力を集めようとする動きが再び出てきてもおかしくないことがわかります。なぜなら、中国とロシアの経済軍事両面における力の増大、北朝鮮の核開発等々、日本の周りで力の膨張が着実に進みつつあるからです。

今後ますます、日本の外圧が増していくのは自然な流れです。